158cm

身の丈にあった生活をめざす生活ノート

自分目線で選択をするということ

昨日の記事に続きますが、

私が、こうなったらいいな、、と願ったことが実現するのに、

大きく関係していたんじゃないかな、と思うことがあります。

 

それは、

 

自分の素直な思いを、伝えたい人に伝えていたこと

 

選択をするときに、

誰かからの評価や目線ではなく、誰かのためではなく、

自分目線で、自分がどうしたいかを、優先できたこと

 

 

ミニマリストの方々のブログをのぞかせてもらったり、

片づけに関する本や考え方の本を読んだり、

実際に自分が掃除や断捨利したりするうちに、

これまで、ずーーーーっともやもやしていた自分の問題と、

向き合うようになりました。

これは、現在進行形で向き合っていて、

まだそのもやもやがすっきり晴れたわけではありません。

 

このもやもやはいくつかのことが複雑に?からんでいるようにも感じられ、

今はそれを少しずつほどいている途中のような感覚があります。

 

その、複雑にからんでいるいくつかのことをほどきながら、

気がついたことがあります。

 

それは、

これまでの私は、大切な選択をする場面において、

選択の基準が間違っていたかもしれない

ということ。

 

私は小さい頃から、いつもいい子でいようとしてきました。

いつもがんばってほめられたい、そういう気持ちが、

人一倍強かったのかもしれません。

だから、何かを決めるときにはいつも、

こっちを選んだ方が親も先生も喜んでくれる、

親や先生が背中を押してくれる、認めてくれるであろう方を

選んできていました。

その方が、自分も安心なのです。

 

それが本当に、心の底からそうしたいことかどうか、

という点には目を向けられず、

その方が安心だから、みんなが認めてくれるから、応援してくれるから、

選んでいたのだと思うのです。

そういう選択の仕方を、無意識にするようになっていました。

 

みんなが反対する方を選べば、その反対を押し切る力が必要で、

みんなが言うがやがやとした言葉を、はねのけなければならない。

それはとても根気のいることですし、それをはねのけて、

自分の心の底で選びたい方を選んだとしても、

選んだ道をやってのけるだけの自信もない。

 

そうやって、自分の本当の視点で選んでこなかった結果として起こること。

 

それは、

 

選んだ道の途中でつまづいたとき、

心のどこかでそれを、人のせいにする

 

そんな自分がいるのです。

自分目線で選択せず、誰かの目線で選び、

うまくいかないことがあると、その誰かのせいにする。

 

そういうことが、心の中に起こっていたことに、

恥ずかしながらようやく最近、気づいたのです。

 

ただ、このことに気がついたからといって、

これまで私が選択してきた道を否定しているわけではありません。

 

そうゆうふうにしか選択できない未熟な自分がいたという事実。

そして、そんなふうにして選択をしてきた中でも、

いろいろな方が私を助けてくれて、私を育ててくれて、

私を大切にしてくれたという事実。

 

 気づいた今だからこそ思うのは、

そうして私のことを支えてくれた人たちへ、心からの感謝です。

 

どんなふうな選択をしたとしても、

周りの人たちに支えてもらい、

ときに迷惑をかけることが、これからもきっとあるでしょう。

 

であるならばなおさら、

誰かの目線でなく、

誰かのためでなく、

自分の目線で、自分の気持ちに素直に、わがままに、

選んでいこうと思うのです。

 

これ以上、自分に起きたことを人のせいにしないために。

そして、なにより自分自身のために。

 

そうやって、自分の気持ちを大切に選択することを繰り返していけば、

自ずと自分の願う方向へつながっていく、ということだったのかな、

と、思うのです。